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岡村恭香

「夢叶うまで挑戦!」Part 2

· Players

パート1のあらすじ:

岡村一成さんの背中を追いかけて握ったラケット。

小さな恭香さんもメキメキと上達し、シャラポワのプレーを見てプロを強く意識します。

そして、プロを目指して高校から上京。勝ちを意識しすぎてプレーに悩む中でも、プロ転向の条件とした全豪オープンジュニアへの出場を叶え、ウィンブルドンジュニアでも本戦2回戦に進出。正真正銘世界のトップジュニアの仲間入りをしたように思われますが・・・

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(ウィンブルドンジュニアでは、多くの観客の声援を得て、夢の世界を垣間見る)

岡村恭香選手(以下岡村):「・・かと言って、それですぐにプロ転向を決意したわけじゃありませんでした。ウィンブルドンに出場したと言ってもジュニアの二回戦では十分な成績とは言えません。それまで家族にこれ以上ないワガママをさせてもらっていたので、プロになる以上、負担を限りなくゼロにしたいと思いました。そのためにはスポンサーを獲得するための結果が必須と考えていました。大学進学を選択できるギリギリが全米とスーパージュニアだったので、そこで何が何でも結果を出そう、出せなかったら諦めようと決めていました。

それなのに、気持ちが空回りして、どちらも散々な結果に終わりました。

そんな落ち込む私に、ダブルスで準優勝したからと両親はもう一度だけチャンスをくれました。

11月、初めて参戦したITFプロサーキットのトルコで、対戦した選手から『ショーケースに飾られているような綺麗なテニスをする。あなたには可能性がある。』と言われて、その選手の様々な挫折や苦悩の経験談に背中を押してもらい、やっぱりプロでやっていきたいと強く思いました。」

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(『ショーケースに飾られているような・・』と背中を押される)

Tennis Tribe.JP(TT):「まさに、揺れる思い・・。では高校卒業でプロ活動開始となったわけですね。」

岡村:「いや、それもまだ・・」

TT:「まだ揺れますか・・(汗)」

岡村:「はい・・(汗)。プロ申請をする3月までの間、スポンサーもなかなか見つからず、やれるかやれないかと自分自身と、そして家族やコーチともずっと話し合っていました。様々な気持ちがぶつかりあって練習中に突然泣き出すくらい不安定だった私にコーチが根気強く話を聞いてくれて、家族にも叱咤激励されて、そうこうしているうちにスポンサーの目処が立ってようやくプロとして活動をできると、プロ登録申請書を提出しました。腹を括るまでに随分と時間がかかりました(笑)」

TT:「さて、2014年春からプロとして競技活動に入りました。そこからのランキングは、デビューの年に585位、翌年335位、2016年にキャリアハイ223位まで順調に伸ばしてきました。」

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(2015年ITF能登準優勝。着実に結果を残すが優勝には届かない)

岡村:「年初めに自分で目標を立てていたのですが、1年目は500位以内、2年目は300位以内、3年目は200位を切ることが目標でした。結果を求めすぎて弱い自分に負けてしまうことも多くありましたが(今でもありますが笑)。しかし目標を明確にしていたことで、悩みはしてもコーチの力を借りてもがきながら自分の殻を破っていくことができました。プロ3年目の2016年にはグランドスラムにどうしても出場したくて、思い切って投資して1対1でツアーコーチと転戦することを決めました。その中で久留米(ITF 5万ドルシングルス)でプロ初優勝を飾ることができました。プロ転向してからは準優勝ばかりで、優勝にあと一歩届かなかったので、本当に嬉しい嬉しい一勝でした。その前週の福岡国際でも準優勝していましたし、心技体が一番整っていて、順風満帆だと思ってました。」

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(2016年 ITF久留米でプロ初優勝)

TT:「ところが、2016年を境にランクが伸び悩みます。」

岡村:「岐阜・福岡・久留米・軽井沢と4大会の遠征を終えて自宅に戻ると、手首に激痛が走って、お箸も持てない状態になりました。この期間はタフでかなりの試合数こなしていたので、疲労が手に出てしまいました。幸い2ヶ月弱で痛みは引いて、福岡・久留米の2週で223位までランキングが上がっていたので、グランドスラムが目と鼻の先にあるように思えました。そうしたら、それまでコーチと大事にしてきた『自分の良いテニスをする」ということを忘れて、結果が早く欲しくなってしまいました。そうこうしているうちに本来の私の良さの攻撃的なテニスが出来なくなって、良いテニスが出来ないから勝てない、勝てないから余計固くなりテニスが悪くなる、という悪循環に陥ってしまっていました。この悪循環を抜け出せないまま、2016年を終えてしまいました。」

TT:「そして、その悪いサイクルから抜け出せないまま、2017年を迎えていたということですね。」

岡村:「2017年のスタートも、落としたポイントを取り戻そう、結果を出そうと考えれば考えるほど、どんどん苦しくなって、自分で自分の首を絞めてしまいました。やってもやっても結果に繋がらない、しまいには練習でもうまくいかなくなって、負の感情が一気に噴き出して来てしまいました。もう、心技体の全てがバラバラな状態になってしまいました。」

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(優しい兄、一成さんの前では、恭香さんも妹に)

TT:「多くのトップ選手も怪我に悩まされてシーズンを棒に振ってしまうことが、昨今目につきます。」

岡村:「そうですね、私もかなり長い時間怪我を理由に棒に振ってしまいました。でも昨年多くの日本のトップ選手の怪我をしている時の様子を見ると、休んでいる時に出来ることをやっていて、もちろんその裏で多くの葛藤があったとは思いますけど、ネガティブには見えないんです。復帰戦は私のように必死にポイントを取り戻そうというのではなくて、むしろテニスをすること自体を楽しんでいるように見えました。怪我をしてしまったという変えられない事実を嘆くのではなく、しっかりプラスの要素にしている先輩達の姿を見て、その後の活躍は容易に想像出来ました。如何に私が怪我をした自分と正面から向き合えていなかったのか、とても考えさせられました。怪我はもう嫌ですけど、もし今度してしまったら正面から受け止めて、その時にやるべきことにポジティブに取り組みたいです。」

TT:「苦しい1年でしたね。でも、今は明るい表情が戻ってきたんじゃないですか?」

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藤原里華選手とのダブルスは学びも多く、明るい兆しが見え始めた)

岡村:「昨年は負の感情から抜け出そうともがいている中でも、ダブルスでは(藤原)里華さん組ませてもらって、3回優勝したこと以上に人生への向き合い方を教わったり・・」

TT:「腕立て伏せはしなかった?」

岡村:「あ、私にはハードすぎたので(汗)」

TT:「スミマセン、戻しましょう(笑)」

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(2018年からテニスラボ。心が前向きに)

岡村:「昨年の終わりに例年より長めのお休みをとって、自分自身を見直して心を整理し、一度自分と向き合う時間を作りました。それと、今年からトップ選手が集まるテニスラボに練習拠点を移しました。たくさんの刺激をもらって、心が前向きになったことで、いろんなことがポジティブに回り始めました。去年からのあらゆる負の感情をリセットするきっかけになったと思います。そして、本当にこの柏オープンの始まった(4月)頃から、一番良い時の感触に近いものが得られていて、吹っ切れたんじゃないかなって思ってます。(笑顔)」

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(本来の笑顔が戻った柏OP)

TT:「そう、その笑顔です、ファンが見たいのは!」

 

岡村:「そうですね、怪我してからかなりの大会でモヤモヤとした試合をしてしまっていたと思いますが、上手くいかなくてついついふてくされてしまった試合の夜は、『今日の私を観た方はがっかりしてファンをやめてしまうんじゃないか』って負けたこと以上に落ち込んだ夜を幾つも越えて(笑)、改めて、私のプレーに足を止めてくださった方に残る私の記憶が、ふてくされた姿であってはいけない、どんな時でも応援したいと思って頂ける選手でありたいと思いました。そして最終的には誰かの記憶に残り続ける選手でありたいと思いました。柏はたくさんの方が応援してくれるありがたみを噛みしめることができた大会となりました。」

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最後に、一言をいただきました。

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岡村:「これは、小学校の時に買ってもらったキーホルダーに書いてある言葉で、今でもこの言葉を胸に刻んでいます。」

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写真提供:

 北沢勇さん

 岡村恭香選手

ご協力ありがとうございました。

聞き手:

 Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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