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江原弘泰

「I will show you!!」

· 男子プレイヤー

全日本選手権シングルス覇者、ITFシングルス6勝、ダブルス5勝、ATP最高ランキング330位と国内トップクラスの戦績。

運動能力の高さはテニス界でも1・2を争うレベルであるのに、実は文武両道で勉強もトップクラス(自薦)。

一方で男子テニス選手の中で悪ふざけの話しがあると、大概出てくるのはこの選手の影。

そして、自称「プロテニス・サバゲー部部長」。

その生態は全くの謎でした。

今日はその生態を解き明かすべく、全日本選手権決勝の余韻も疲れも残る彼を捕獲(笑)し、インタビューを敢行しました。

江原弘泰選手です!

江原弘泰選手

(日清紡ホールディングス)

Tennis Tribe.JP(以下、TT):「今日はお疲れのところ、ありがとうございます。たくさんのインタビューでもう言いつくしたと思いますが、終わって今どうですか?」

江原弘泰選手(以下、江原):「よろしくお願いします!いや、負けたのは悔しいですけど、やれることはやって120%出し切れたので、本当にいい大会だったと改めて思ってます。」

文武両道の中で葛藤

TT:「今日は江原選手のテニス人生をその始まりから伺っていきます。テニス開始年齢が5歳と記録されています。」

江原:「テニススクールに入ったのがその年です。父母と2人の兄みんな週末にテニスをする一家だったので、ぼくも2・3歳の頃にはコートで遊んでました。5歳で兄が練習していたテニスクラブに追いかけて入りました。」

(むさしの村ローンテニスクラブで始めた頃)

TT:「江原選手といえばスポーツ万能で運動神経の塊みたいに見てしまいます。」

江原:「習い事は水泳、書道、ピアノ、それにサッカーもやりました。運動神経は確かに小さい頃から自覚してましたけど家は文武両道を大切にしてましたので、勉強もしっかりやってましたよ。成績はクラスでトップクラスでしたし!」

TT:「かなりクラスでは目立つ存在だったでしょうね。今に通じる・・」

江原:「いや、実際目立ちたがり屋でした。目立つことは何でもやりました。学級委員もやったし、悪ふざけもリーダ格でした(笑)」

(ピアノ以外にも、水泳、書道、そして勉強。まさに文武両道)

TT:「テニスにはいつ頃からのめり込んでいきました?」

江原:「小2の時にテニスとサッカーのどっちかに絞らないとならなくなりました。正直サッカーをやりたかったんですけど、親の前ではテニスって言わざるを得ない状況で・・」

TT:「じゃ、本人の意思を貫いたら、今頃Jリーガーだったかも?」

江原:「今頃、本田圭佑と並んでやってたかもしれませんよ!(笑)」

TT:「最初に全国レベルに出てきたのが?」

江原:「小5の全小出場からになります。この頃から本格的に競技として取り組み始めたと思います。」

(全国小学生大会で、鈴木貴男選手と)

TT:「文武両道はこの頃は無く?」

江原:「いえ、小6の全小では、ベスト4に行けなかったら歯科医を目指して勉強に切り替えろって言われてました。親が歯科医でしたので。」

TT:「本当に文武両道だったんですね。結局ベスト4に行って、江原歯科はなかったわけだ。」

江原:「その後も同じようにテニスの成績が出なければ勉強に切り替えるという条件でやってました。中学に上がって出た全日本ジュニアの一回戦でロンギ選手(ロンギ正幸)に1-6 1-6で負けた時は、あまりに差がありすぎて、また勉強かテニスかを真剣に話し合いました。別にその頃からプロになろうとか考えてはいませんでしたけど、テニスは続けたいと思っていて、『何かを変えたい』って話ました。それで強い選手が集まっていたFテニスに入ることにしました。思えばこの時が最初のターニングポイントでしたね。」

強さの証明とプロへの階段

TT:「その後、トップジュニアに登っていきます。中2で全日本ジュニアU14優勝で。」

江原:「その優勝は自分の中では勝った感がないんです。同世代で強かった関口(周一選手)、鈴木(昂選手)、遠藤(豪選手)が日本代表遠征で不在だったので、勝っても自分の力を証明できないじゃないですか。」

(全日本ジュニアU14制覇も、「証明」はできなかった)

TT:「その頃のテニスで、何か思い出に残ってることありますか?」

江原:「チェアアンパイアを代えさせました!」

TT:「ん???」

江原:「全日本ジュニア18才以下のダブルスの試合で、その審判、見えてるか怪しい感じだったんですよね。あるポイントでアウトコールをジェスチャー付きでやったのを、相手に抗議されてジャッジを変えたんですよ。信じられます?もう僕は怒りに怒って、こんな審判じゃ試合なんてできないってプレーをしなかったんです。そしたらスーパーバイザーがやってきて結局その審判は代えられました。僕、きっと全日本ジュニアのブラックリスト入りですよ!(笑)」

(インターハイ史上初、高1ペアでの優勝)

TT:「高校での話を聞かせてください。高1の全日本ジュニアでU16で準優勝。インターハイは・・」

江原:「史上初、高1ペアでダブルス優勝ですよ!相手は無敵だった片山選手のペア。片山師匠との関係はここからなんです!」

(高校で無敵の片山翔選手を撃破。ここから2人の「師弟関係」がはじまる)

TT:「片山選手も江原選手のことを『ヤス』と呼んでらっしゃる。仲がいいですよね。」

江原:「師匠は高校時代からスゴい人でした。ボールに触ればエースですよ。僕、弟子になりたくて、勝ち上がりの途中で『勝負しましょう』とか言って絡んでいってたんです。『お前ら上がってこれるのかよ!』なんて言われてましたけど(笑)僕は兄がいるので年上に馴染むの得意なんです。」

(南米遠征で、プロへの階段を登り始めた)

TT:「このあと、全日本ジュニアでは戦績があるのですが、インターハイでは見当たりません。どういうことでしょう?」

江原:「あの頃はインターハイに出場する選手は海外でテニスの練習や試合を45日を超えて参加してはいけないという『45日ルール』があったんです。高1の冬に選抜で2ヶ月の南米遠征に行くとインターハイに出られなくなります。でも高2の年は埼玉インターハイで協会からは絶対出てくれって言われてました。あの頃はインターハイを選ぶ先には大学テニス、南米遠征に行った先はプロ転向というパスでした。それまでほとんどプロを意識してきませんでしたけど、初めてそれを目の前に突きつけられました。悩みましたけど、南米遠征を選びました。インターハイでの成績が高2から残っていないのはこういう理由です。ちなみに、師匠は南米遠征に行って45日ルールにひっからないように2週間で帰ってきました。それからは遠征の途中帰国はなし、という前例を作ってくれたんですよ(笑)」

TT:「高2から全てのグランドスラムジュニアに出場して、高3では全日本ジュニアを制覇しました。まさにトップジュニアとして最終学年を終えました。」

(2009年、両親の目の前でウィンブルドンジュニア3回戦進出)

(USオープンジュニアにて)

江原:「高3の全日本ジュニアは中2の時にはいなかった3人に準々決勝、準決勝、決勝で当たっての勝利でしたから、これでやっと自分の力を証明できたと思いました。」

勝つのが当たり前だったジュニアから、プロでの壁

TT:「では、プロへの転向に話を進めましょう。プロデビュー2年目の2011年に軽井沢フューチャーズで優勝。でもランキングは2010年末691位、その後2年間は500位台後半で横ばいとなってます。」

(デビュー2年目の2011年、軽井沢フューチャーズで優勝)

江原:「そうですね、1年目は行けるんじゃないかって思ってしたけど、2年目から壁にぶつかってしまいましたね。ジュニア時代は勝つのが当たり前で、自信はあったんです。でもプロでは勝てない。トミッチ(Bernard Tomic)やゴフィン(David Goffin)とか、ジュニア時代に戦った彼らは世界で活躍し始めていて、自分は何でまだここにいるんだって。」

TT:「それでプロ4年目から動いたわけですね。」

江原:「はい、環境を変えようと思って、イタリア、スペイン、スイスの練習拠点を回りました。いつも海外に出ると日本が恋しくなっていたんですけど、スイスからは帰りたくないって思ったんですよ。生活もテニスも楽しい。帰国して2週間で決めてすぐにスイスに戻りました。」

(NTCが併設されたスイステニスアカデミー)

TT:「スイスでの取り組みが功を奏して、2014年に全日本選手権制覇、2015年にキャリアハイの330位に上がります。」

江原:「結果的にはそうなんですけど、2014年はまだ成績が足りなかったので、このままではスポンサーの契約更新も怪しいんじゃないかなって空気になってきて、スイスから少しずつ荷物を引き上げ始めていたんです。そうしたら全日本で勝っちゃって、またスイスに荷物を戻しました(笑)」

(2014年全日本選手権優勝で、スイスに荷物を戻すことに)

TT:「ところがまたシーソーのように、2016年末は700位台。」

江原:「2015年の全日本で腹筋の肉離れを起こして、その後も騙し騙し試合に出てたんですけど、結局2016年の春から4ヶ月休みました。でもその後全く勝てなくなってしまいました。勝てないのでテニスもつまらなくもなって、どうしていいのか分からなくてコーチに泣きながらテニスを辞めたいって訴えたりもしました。」

(腹筋の怪我から長くパフォーマンスを出せない)

TT:「そこまで行きましたか。」

江原:「そこからまた少し休むことにして、片山さんにも話を聞いたんです。テニスを辞めたい時はあるかって。そうしたら師匠はケロっと『あるよ』って言うんです。僕が溜め込んでしまうタイプって分かっていたのか、『ヤスは強がらずに、もっと自分をさらけ出して話をした方がいい』って言われたんですよね。そうしたら何かスッキリして、もう一度やっていこうって気になりました。」

(師匠の一言に救われる。そんな師匠の結婚式に『大師匠』佐藤文平さんと)

TT:「そして2017年の復活劇。」

江原:「まだフューチャーズで勝てないし試合数もこなせないので、春にJOPで数試合出ることにしました。周りからは全日本をとった選手が出る大会じゃないとか言われましたけど、『今の俺はJOPに出るレベルだよ!』って強がらずに言うようにしました。関西オープンでは決勝で清水悠太に勝って、勝ち方を思い出せました。その後フューチャーズに戻って出たシンガポールで優勝して、グアムでも優勝でした。7週連続ベスト4以上でしたから、JOPに行ったのは大当たりでした!」

TT:「話は脱線しますが・・サバゲー(サバイバルゲーム)とか、インスタで悪ふざけとか、なかなかテニス界を盛り上げてますね。」

(Active Restは大切。サバゲー、カラオケ、それに『ガチのマリオカート』)

(料理教室だって行きます!)

江原:「片山・江原はテニス界で一番娯楽してると思います。僕はサバゲー部部長、片山さんは名誉会長です。部員には勧誘係で岡村一成がいます(笑)オンとオフのハッキリさせて、遊ぶ時は100%遊びに徹するのがモットーです!2016年勝てない時にもカラオケとか行きましたけど、テニスのこと考えてるんですよね。Active Restって呼んでますけど、気持ちを完全にリフレッシュさせるのは必要です。

(後輩との練習を通じて、経験を伝える)

全ての時間をテニスに割くのは僕は反対です。若手にも子供にもこれは伝えて行きたいです。I will show youです。僕の考え方が全員に正解とは言いませんけど、僕がこれで成績を出すことで、もっともっと証明したいですね。」

TT:「最後になりますが、今後の目標を。」

江原:「グランドスラム本戦出場を目標にします。」

TT:「時期的なものはありますか?」

江原:「いいえ、それは考えていません。諦めないでいつまでもチャレンジしたいと思います。でも来年のフレンチオープンの予選には行けるようにしたいですね。」

最後にサインと一言をいただきました。

まさに、自分の力を証明して、そして後輩に伝えたいことが凝縮された一言です。

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写真提供:江原弘泰選手

ご協力ありがとうございました。

聞き手:Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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