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園田彩乃

「後悔しちゃいけん!」

· 女子プレイヤー

福岡で無敵のジュニアだった園田彩乃選手。

小・中学では全国のトップレベルに成長し、さらに世界へと加速させようと16歳で渡ったオーストラリアのテニス留学は思うに任せず、順風だったテニス人生の歯車に狂いが生じてしまいます。

自分本来の輝きを取り戻そうと、もがき苦しむ中で、自分を応援してくれる存在に気づき、世界で活躍する同世代選手たちにモチベートされて、輝きへの道筋を定めつつあるようです。

園田彩乃 選手

(自由ガ丘インターナショナルテニスカレッジ 所属)

最初の1球目は、今でも覚えている

Tennis Tribe.JP(TT):「今日はよろしくお願いします。早速ですが、6歳でテニスに出会ったところからお話をしていただけますか?」

園田彩乃選手(園田):「こちらこそよろしくお願いします。ちゃんとテニスを始めたのは6歳なんですけど、5歳の時に野球で遊んでいたら私のバットのスイングを見た友人の父親に『テニスに向いている』って言われたことがありました。」

TT:「それですぐにテニスを始めましたか?」

園田:「いえ、その時は。小1の時に、5歳上の兄が行った海の中道M&T(マリーナ&テニス)の体験レッスンについていって、そこで私にも出してもらった手出し1球目がものすごくいい当たりで、コーチに『この子に教えたい!』って言われたのが始めたきっかけです。」

TT:「最初から、本格的にテニスに取り組みましたか?」

園田:「テニスは週1でした。ほかに週に1回は野球観戦をしてました。いつもアイスボックスを買ってもらってたので、アイスボックス欲しさに観戦について行ってましたね(笑)野球観戦は、今でも大好きでよく行くんですよ!」

(週一の野球観戦。今でも選手仲間と観戦に行くことも多い)

TT:「当時どんなテニスをしていたか覚えてたりします?」

園田:「そうですね、直感で打つテニスだったと思います。打つ直前にどこに打つかを決めたので、相手は予測できなかったと思います。自分も予測できないくらいですから(笑)。小さい頃から調子に乗りやすくて、目立ちたがり屋でしたので、試合では多くの人の前でプレーしたがってて、福岡でやってた小さい頃は本部の前かセンターコートでやらせてくれって指名したのも覚えてますね。」

TT:「大会に出始めたのは・・?」

園田:「九州内の大会で、テニスマスターズ(全九州)と、その予選になるテニスサーキットというのがあって、小3の時にテニスサーキット(北部地区大会)に出たのが最初でした。勝ち上がって、1回戦負けだったんですけどマスターズにも出場しました。小4の時にはマスターズで準優勝でした。」

TT:「試合に出始めて2年も経たないうちに準優勝というのはすごい。」

園田:「それでもマスターズの決勝で負けたのはメチャ悔しくて、強くなりたいって気持ちが出て来ました。それで小5の時にM&Tからいくつかのクラブを渡って中2で佐賀グリーンに通うようになりました。その頃からいつも高校生たちと練習していましたので、強い球には慣れていたので成長は早かったかもしれないですね。」

(佐賀グリーン時代に一緒に練習した仲間と2年ほど前の撮影)

王さんより、長嶋さん

TT:「ところで、住まいは福岡市内。佐賀グリーンは佐賀市内ですから、随分遠いですよね。(車で片道70Km以上!)」

園田:「はい、車か特急電車で通ってました。」

TT:「コートの外ですっかり疲れちゃう気がします。」

園田:「母がかなりスパルタンで、M&Tの頃は自宅とコートの間5キロを走って行き来してましたし、登校前には家の前の海岸で砂浜ダッシュを30分やってから朝ごはん食べて登校してましたし、登校の3キロの距離も制服のまま走ってました(笑)。佐賀グリーンの時はコートまで走らなくてよかったので、佐賀まで通うことは、どうってことなかったです(笑)」

(鍛えた健脚はマラソン大会でも発揮)

TT:「常に年上と練習して、十分な走り込みをした成果なんでしょう。2008年の全日本ジュニアU12ではベスト4、全小でもベスト4と、全国トップレベルの選手に成長しましたね。」

(全小上位進出者の中国遠征)

園田:「そうですね、その年は私の『黄金期』なのかも?(笑)九州予選では勝つことを意識したんだと思いますが、直感型の私が自分なりの作戦を考えて実行しようとしたら、逆にプレッシャーでぼろ負けして、ベスト8止まりでした。その時に親が、負けてもいいからいつものプレーをしなさいと言われて、直感的なプレーに徹して全日本ジュニアは戦って、ベスト4まで勝ち上がれました。」

TT:「作戦を考えることが、直感のプレーには余計なことだったんですね。」

園田:「きっと、『王さんより長嶋さん』なんだと思います(笑)『振り子のように振ってボールを捉える』じゃなくて、『フー・・バンッ』みたいな(笑)」

(2008年中牟田杯)

自分を表現することも覚えたオーストリア留学

TT:「その後、中学時代は全日本ジュニアや全中でも全国レベルの活躍の記録がありますが、高校にはぱったり見えなくなります。」

園田:「はい、高校進学にあたってはいくつか候補がありましたけど、結果的に高1からテニス留学と学校が両立できる通信制を選びました。岡山学芸館の関係の方が紹介してくださった、オーストラリアの「PRO-ONE Tennis Academy」のプログラムに、ホームステイで生活して参加することにしました。高校でのジュニア成績が国内にないのは、このためですね。」

(オーストラリアへのテニス留学)

TT:「オーストラリアでのテニスや生活はどうでしたか?」

園田:「やっぱり海外ですから、自分の意思は自分の言葉で積極的に伝えていかないと相手は汲み取ってくれません。分からなくても質問することすら出来ない日本とは違って、分からなければ聞くという当たり前のようなことが身についたのは、プロになった今はとても役立ってます。」

TT:「そうですね、日本ではなかなか身につかないかもしれませんね。」

(全豪ジュニアは予選へ出場)

園田:「テニスは、スピードやスピンボールへの対応力を高めるために、色々とフォームの改造に取り組んでいましたが、苦労していました。高2の時には手首を痛めてしまって。。」

TT:「難しい面もあったんですね。」

(高3で変えたオーストラリアでの拠点)

園田:「はい、結構苦しんでました。その高2の時に大阪のスーパージュニアに出場するため一時帰国したんですが、無名の選手の一回戦で完敗して(06 16)、翌週の韓国での大会でも16 06で、この時は初めてテニスを止めたいって思いました。そのあと福岡に戻って、ジュニア時代のコーチに会ってもらったんですけど、何も言わないうちに『やめたいのか?』って見透かされてましたね。PRO-ONEはその後離れて、高3からはオーストラリアの他のクラブにお世話になって、元のフォームに再度戻すようにしていきました。」

(韓国チェジュ島のITFジュニアでは16 06の完敗、初めてテニスをやめたいと漏らす)

TT:「ところで、その頃の試合などで何か印象に残っていることはありますか?」

園田:「そうですね、ニューカレドニアでのITFジュニアかな。とても海がきれいだったのも覚えていますけど、ダブルスでの優勝賞品がブラックパールだったんです。当時はその価値は分かってなかったので、今どこにあるのか分からなくなってますけど、結構大きかったのですごい価値じゃないかなって思います(笑)それと、もう一つ思い出したのでいいですか?試合とかじゃないんですけど、お爺ちゃんに家には『彩乃の部屋』があって、小さい頃のトロフィーや写真がきれいに飾ってあるんですよ。」

TT:「お爺ちゃん、彩乃さんの事が自慢なんだね。すごくいいですね。」

(『彩乃の部屋』)

プロ転向は、自分にムチ打つために

TT:「高校3年間のオーストラリア留学を終えて帰国後、日本大学に進学をしました。プロ選手を進路とすることは考えませんでしたか?」

園田:「PRO-ONEには一歳上の(日比野)菜緒ちゃんがいて、先にプロになっていたんですけど、彼女のレベルですらスポンサー探しに苦労するのを聞いて知っていましたから、私ではもっと難しいことがわかっていました。それと上下関係や礼儀などの日本で重要な事も身につける必要があると感じていましたので、大学に進学して部活動の中で身につけることにしました。」

(大学では今後の糧になる経験を積む)

TT:「そうだったんですね。」

園田:「大学では3年生の6月まで部活に所属していましたが、その後JITC(自由ガ丘インターナショナルテニスカレッジ)に練習拠点を移しました。上下関係は2年間で先輩達に沢山教えて頂きました。今まで経験した事のない団体戦も出させてもらって、本当に良い経験が出来たと思っているので、監督や先輩方には感謝しています。しかし、小さい頃からの夢であるプロになる事が私の中で大きくなってきて、大学には残りながらJITCに練習拠点を移すことにしました。」

(大学の部員から、JITCの一員に)

TT:「練習拠点を移すどころか、プロへの転向も2016年なのでその頃のようです。」

園田:「ある日、外食をしていたお店の店主さんとお話しすることがあって、テニスのプロを目指してますって話をしたんですね。そうしたら応援するよってサインを求められたんです。まだプロにもなっていない私にです。それとお爺ちゃんの家の『彩乃の部屋』も思い出したりして。

そういう方たちがプロとして頑張ろうと思っている私を後押ししてくれる。私はプロになる事で、頑張らなければならないと自分自身にムチを打ちたかったから、学生のままですけれど2016年の8月にプロ転向を決意しました。

プロとして準備ができたからとか、プロとしてやっていける自信や実績がついたからプロになったというのではないんです。」

自信を取り戻すためにやるべきこと

TT:「プロとして国内外のサーキットを回る生活ですが、現在の状況はどうですか?」

園田:「シングルスは高1で失った自信をまだ取り戻せていないんです。でもダブルスではジュニア時代も通じてそこそこ成績が出てます。今の日本のトップ選手のように、最初はダブルスで勝って、自信をつけてシングルスでも成績が出てきている選手がたくさんいますよね。私もまだまだシングルスを諦めたわけではないですし、自分のプレーを取り戻したいです。自信が付くまでシングルスだけじゃなく、ダブルスもしっかり戦って自信に繋がる成績を残したいと思っています。」

TT:「テニスの技術的な面では大差がないのに、ランクが大きく違っていたり残している成績に差があるものです。それは勝つ自信を持つか持たないかに大きく左右されますね。自信が付くと、突然に破竹の勢いで勝ち上がっていくこともよくある事ということです。そのきっかけは小さな一本のショットだったり、一つの試合だったり、あるいはコーチにかけられた一言だったりもします。園田選手もそんな自信をしっかりと掴み取って欲しいですね・・などと語ってしまいましたが(汗)、ITFサーキットを回っていて、何かこぼれ話みたいなのあります??」

園田:「時間が遡ってしまいますけど、初めての(シニアの)ITF福岡国際に、中3で最年少ワイルドカードを貰った時のことをよく覚えています。スタンドに囲まれた1番コートは小さい頃にも試合場所として自分で指名したことがあるって言いましたよね、そこでの試合でした。地元の方が沢山応援してくださっていて、最初の1ポイント目を取った時の大声援と鳥肌が立ったのは今でも記憶に焼き付いています。」

TT:「最後になります。当面の目標はどうでしょうか。」

園田:「さっきの続きになりますけど、ITFのシングルスはもちろんですけど、ダブルスからでも早く初優勝を経験して、今後の自信につなげていきたいです。ところで、ダブルスはもっと注目されてもいいんじゃないですかって思います。観戦するならダブルスはスピーディですし、本当に観ていて面白いと思うんですよ!」

TT:「大賛成です!」

最後に、一言とサインをお願いしました。

・・シンキングタイム・・・

福岡のイントネーションで読んでください。↓

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写真提供:園田彩乃選手

ご協力ありがとうございました。

聞き手:Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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