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高村颯希

「『なんとかなる』」

· 女子プレイヤー

今回ピックアップするのは、中1からセルビアに移住し6年目を迎えた高村颯希選手。

無名のジュニア選手が何を動機に海外に渡ったのか。そしてなぜセルビアなのか。

セルビア人コーチのボシコ・テシッチ(Bosko Tesic)さんとセルビア語で話し、プレー中も(きっと)セルビア語で何かブツブツ言ってる

国内はおろか、アジア圏のITF大会に出場したことがない彼女の存在、そしてプレーは、ベールに包まれているといってもいいのかもしれません。

そんなミステリアスな背景を頭に入れて会った彼女は、お好み焼きが何より大好きという普通の女の子。そう、まだ18歳の高校生です。

高村颯希選手

(Serbian Tennis Bridge)

才能のあったのはテニスより体操

Tennis Tribe.JP(TT):ここまで事前情報が取れない選手はいませんでしたよ!そのはずですよね、中1から海外で、日本にはいなかったわけですから。今日はたくさんの「ナゼ」を解決したいと思います(笑)」

高村颯希(高村):「そうですよね、よろしくお願いします。」

TT:「では早速ですが、テニスとの出会いから聞かせていただけますか?」

高村:「小さい頃ですけど全然寝付かない子だったそうなんです。じゃ疲れたら寝るだろうってさんざん遊ばせてもだめ。そこで色々なスポーツで疲れさせようとしたらしいです(笑)それで、3歳から水泳、体操、それにテニスも習ったのが始まりだそうです。」

TT:「どれも激しい運動を3歳からですか。聞くこっちの寝つきが良くなりそう。」

(体操をやっていた頃)

高村:「その後は、水泳は小4くらいまでやりました。体操は3つの中で一番才能があったと思います。もともと身体が柔らかいんです・・手首も、ほら(と親指を手首にくっつける柔軟性を披露)。体操は小3までやりましけど、小6の子と練習できるくらい上達が早かったんです。」

TT:「才能があったというのに、ナゼやめてしまったんですか?」

高村:「なんか、面倒くさくなっちゃって。通ってたのはコナミスポーツだったので全部がそこにあって、行くのが大変とかはなかったんですけど、きっとテニス以外はそんなに楽しくなかったんだと思います。」

(小4でPCAプロテニスアカデミーで本格的にテニスを学ぶ)

TT:「小4でテニス一本になったということですね。」

高村:「そして、テニスをもっと上手くなりたいって思って、朝霞にあるPCAプロテニスアカデミーのジュニアクラスに通うようになりました。」

TT:「その後ジュニアの主な成績を教えてください。」

高村:「小5で埼玉の県ジュニアと選抜で優勝したことと、小6の時に全小に行ったくらいで、セルビアに行く中1は関東の1回戦か2回戦でした。」

(テニスに集中し、成長をみせた小学時代)

TT:「今振り返って、その頃はどういう選手だったでしょう?」

高村:「本当にバカで頭の悪いテニスをしていたと思います。『努力しろ』と言われてもその意味を深く考えることもなかったですし、負けたくはないって思っていても、勝つ試合をしていない。ひたすら打って自爆して散る試合ばっかりでした。全小で2回勝った時は、嬉しかったですけど何で勝てたのか分からなかったです。それくらい頭を使った試合をしたことがありませんでした。」

(小6で全小出場、ベスト16へ(右端))

なぜセルビア?

TT:「今日の本題です。その後中1でセルビアに渡りました。この経緯を教えてください。」

高村:「中1の10月に行く前に、小6と中1の6月にも1ヶ月のキャンプに行きました。PCAの掘校長は海外でテニスを経験した方がいいとおっしゃっていて、堀さんの人伝いでセルビアでのジュニアキャンプを紹介してくれました。その主催者がボシコでした。」

ボシコ:「ワタシハ2008ネンニニホンニキテ、ホリサンノシリアイトシリアイダッタンデス。」

TT:「ソウダッタンデスネ、ボシコサン!」

TT:「最初のセルビアの印象は?」

高村:「最初の何日間か、とにかく暑っ!って思ってました(笑)」

ボシコ:「(ボシコさんの日本語は流暢ですので)ETAの地元の大会にたくさん出ましたネ。」

高村:「とにかくいっぱいテニスしました!そうだ、覚えてることは、携帯を持ってなかったのでホームステイ先のパソコンで家にHotmailをしたことありました。でもローマ字打ちしかできないので、『watashiwagenkidesu』みたいなメールでした(笑)」

(小6初めてのセルビアキャンプでテニス漬けの生活を思い始める)

TT:「どうやら海外の適応力がありそうですね(笑)中1のキャンプにも続けて参加したと。」

高村:「その時にはテニスを海外でやりたい、テニス漬けの生活をしてみたいって思うようになっていて、セルビアでのテニス留学を考え始めていました。中1のキャンプは色々と確認の意味もあって参加しました。」

TT:「そこなんです、次のナゼは。いくら小6でのキャンプがよかったとはいっても、ジョコビッチやイバノビッチの国と知っていても、英語圏ならまだしもセルビアは言葉も違うし、日本からはとても縁の薄い国だと思うんです。」

高村:「人からは戦争している国でしょって言われます(笑)」

ボシコ:「10年以上も前に終わっているんですけどね!」

(ベオグラードの街で)

高村:「私は言葉も国の情勢も、全然不安じゃなかったです。きっと大雑把に考えてたのかもしれないです。根拠のない自信があって、『どうにかなる』って思ってました。」

TT:「次のナゼは、よくご両親が送り出したなと・・」

高村:「親はテニスについては堀さんとボシコに任せていて、留学についても同じでした。アメリカとかスペインとかに比べたら物価は全然安いし、テニスの環境はしっかりしているので、テニス留学にはいい国だと思います。」

ボシコ:「この留学はサツキに併せて色々と作っていきました。ビザを取るのも大変で、セルビアでは僕の父がサツキの父親ということにしました。」

(ホームステイ先で、セルビアの生活に溶け込んで行く)

TT:「最初は言葉もできないし、大変だったでしょう?」

高村:「ホームステイ先のおじいちゃんが遊びみたいにして教えてくれました。大して分かってなくても、ノリでコミュニケーションしてて、結構早く身につきましたよ(笑)」

TT:「セルビアでの生活を教えてください。食べ物とか。」

高村:「現地の食事にはすぐに慣れました。『チェバッピ(日本ではチェヴァプチチとも呼ばれるようです)』って食べたことありますか?オススメですよ!日本食が食べたくなる時には、買い込んで行ったチキンラーメンとか、ご飯にふりかけで食べてます。」

TT:「それが日本食と言えるかは・・それでも恋しくなるものはあるでしょ?」

高村:「お好み焼きは食べたくなります!向こうでは材料が揃わないので、こうやって日本に帰ってきている時に目一杯食べます!ブタ玉とかチーズもんじゃとか!たまに女子力アップでお菓子作りもしますよ!年に数回、いや1・2回かな(笑)」

(女子力アップ・・)

TT:「・・今度お好み焼きをご馳走しますので、テニスの方に話を戻していいですか?(笑)」

高村:「あ、スミマセン!」

シニアの試合で能力を開花させて行く

TT:「セルビアでのテニスを教えてください。」

高村:「午前と午後に1時間半、練習後にフィットネスという感じです。」

TT:「短いですよね?」

高村:「時間が短くてもとても密度の濃い練習だと思います。単に打つだけという練習はほとんどなくて、どうコートに入れるのか、色々と考えさせられながらプレーをするので、頭を使うように身につきました。」

(密度の高い練習メニューが組まれる)

TT:「ITFジュニアの大会にはあまり出ていないようですが、ITFプロサーキットには2014年以降多く出るようになりました。」

高村:「ゴールはジュニアで勝つことではないと割り切って、ITFプロ大会と、ベオグラードでたくさんあるローカルの大会に出ていました。」

(ITF Jr.は2013年に1大会、2014年に6大会、2015年に5大会、2016年はゼロと少なく、一方ITF Proは2014年に3大会、2015年に13大会、2016年に18大会に出場)

(セルビアのローカル大会で磨いて行く)

TT:「調べてみると、ITF参戦2戦目でWTAポイントを取っているんですね!」

高村:「ポイント取れるとわかって超アガリました。でもポイントとってもランクがつかないので『はて??』って思ってました。」

TT:「WTAは3ポイントではじめてランクが付きますからね・・2015年には2回戦進出5回。早速ランクが付きました。記憶の残っている試合はありますか?」

高村:「2016年の決勝に行った大会は一生忘れないだと思います。勝つ感覚を覚えた大会で、自信もついて、もっとできるって意識に変わりました。セルビアで続く大会だったので予選決勝で負けた後いったん家にバスで帰ろうとしていたんですけど、携帯を壊してしまってバスの中で退屈だと思ったので、乗る前にすぐやってくれるところで直してもらいました。直ってバスに乗ろうとしたら携帯にコーチからラッキルーザで本戦に入れたって連絡が入ったんです。それですぐに会場に戻って試合していったら決勝まで行きました。勝ち上がるたびにコーチが掛けてくれる言葉がすっと入ってすごく自信が湧いてきて、大会を通じて自分が成長して変わっていくのが分かりました。それに携帯が直ってなかったら、バスに乗ってましたから。」

(ラッキルーザから決勝進出、勝つ自信を掴む)

TT:「その大会を境に、ベスト8とベスト4が2回と成績がついてきました。」

高村:「自信がつくだけでこんなに変わるんだって、自分でもびっくりしています。」

もうバカな試合はしない

TT:「2016年末を728位で締めくくって、勢いを駆って2017年シーズンと思ったら・・」

高村:「年明けに左手首に痛みが出てきちゃいました。日本で診察を受けて、TFCC(三角線維軟骨複合体)損傷、手術しないで2ヶ月の安静と診断されました。4月にセルビアに帰って、今度は5月の終わりに出た大会で腹筋の肉離れ。7月には試合に出て、途中で痛みが出てきたのでサーブをアンダーに変えて続けました。アンダーサービスでエースとったりして(笑)」

(2017年の出だしを手首の怪我で挫かれてしまう)

TT:「2017年は後半に決勝に1度、ベスト4に2度入ってますので、もう万全ですね。」

高村:「9月くらいまで痛みが残っていましたけど、今は万全です。」

TT:「中1でセルビアに渡って、揉まれて、そして2017年にはプロに転向。ここまでを振り返ってどうですか?」

高村:「もうバカなテニスはしなくなりましたし、自信がついたのもジュニア時代との大きな違いだと思います。でも、テニスの試合は何があるかわからないので、格下とやる時にも気が抜けないと考えるようになったことも変わったところだと思います。」

TT:「得意なショットやプレースタイルを教えてください。」

高村:「私は足が武器だと思います。決してシコラーではないですが、ディフェンシブで、走って、カウンターのチャンスを掴むスタイルです。」

ボシコ:「ヤンコビッチみたいにね。」

高村:「そうですね。今はダリア・ガブリロバが目指すプレーです。」

TT:「こんなテニスプレイヤーになりたいですか?」

高村:「プレイヤーとしても、テニス以外でも、常にポジティブな人間でありたいです。人は思う風になっていくものだと思うんです。なので、マイナスな考え方はしたくないし、しない人でありたいですね。

TT:「では最後に、今年の目標をセルビア語で教えてください!」

高村:「あ、はい!

(じゃあ今年は、トップ300に入れるように、いや、トップ400に入れるようにします!イエーイ!)

でもそれ以上に怪我をしないようにちゃんとケアをしていく年にしたいです。」

おしまいにサインと一言をいただきました。

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写真提供:高村颯希選手

ご協力ありがとうございました。

聞き手:Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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