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細木咲良

「挑戦」

· 女子プレイヤー

偉大な選手の出現は、当人の意識とは別に多くの人々に大きな影響を与えるもの。

錦織圭という稀代の名選手の出現に感化され、我もと世界を目指したジュニア世代もいよいよプロを目指す年代になってきました。

2018年、同郷の島根からひとりのプロ選手が生まれました。

しかし、テニスコーチのもとに生まれた彼女は、当初テニスに興味を示すどころか嫌ってさえいたようです。

そんな彼女の記憶にかすかに残る偉大な先輩と出会いが、その後のテニスへの翻意と、プロまで迷わず突き進んだ原動力であったのは疑いのないことなのでしょう。

2000年生まれのプロテニスプレイヤー、細木咲良(ほそぎさくら)選手を取り上げます。

細木咲良 選手(原商所属)

近くて遠かったテニスのスタート

TennisTribe.JP(TT):「今日はよろしくお願いします。早速ですが、テニスを始めるきっかけを教えてくださいますか?小学校2年生との情報ですが、意外に遅いスタートだなと思いました。」

細木咲良(細木):「こんにちは、よろしくお願いします。うちは父がテニスのコーチをしているので、小さい頃からテニスはとても近くにありました。父も私にテニスをやってほしいと思っていたらしいんですけど、私自身はあまり興味を示さないどころか、レッスンは受けたくないって言っていたようです。その頃は4−5歳で始めたピアノの方が楽しくて、コンクールにも出ていたりしてました。練習は好きではなかったんですけど(笑)」

(小さいころはピアノに夢中)

TT:「それが、何がどうなって小2でテニスを始めるようになったんですか??」

細木:「あまり覚えてないんですけど、なんか急にテニスをやりたいって思ったんですよね(笑)。でも、3−4歳の頃から島根では錦織選手がアメリカに行ったとか帰ってきたとかいう話を聞くようになっていて、ご飯の席で一緒になったりもしていたようで、きっとそんなことがいつの間にかテニスに興味を持つきっかけになっているんじゃないかと思います。」

TT:「それで、テニスをやってみてどうでした?」

細木:「やってみたら、楽しくて!早くからレッスンに行っておけばよかったって思っちゃいました(笑)」

(小2でラケットを握った頃)

TT:「少し出遅れてスタートしたテニスですが、大会での成績はどうだったんでしょう?」

細木:「小3で初めて公式の大会に出ましたけど、そこから1年間はほとんど一回戦負けでした。それでも、母によると普通は負けてると泣き出しちゃう子もいるのに、私は負けた時でも楽しそうにスキップしてたそうです。私自身も悔しいとは思わなかったですね。テニスをしていることが楽しくて。2年目くらいからは去年負けてた相手に勝てるようになってきて、勝つと楽しいって思うようになりました。負けてもちょっと悔しいけど次がある!って。」

(テニスは負けても楽しくてたまらなかった)

一気に全国レベルに成長

TT:「成績が付き始めたのは?」

細木:「小6で全小の中国大会に上がって5位になった時です。3回戦で負けましたけど、順位決定戦は全勝でした。対戦相手がイライラしてラケットを放ったりした時も、惑わされず落ち着いて自分のテニスを貫けました。全小には出場できませんでしたが、自分にとっては初めてそこまで勝つことができたので、とても自信になりました。」

(結果がつき始めた、小学の高学年)

TT:「素晴らしい。自分のテニスを貫けるというのは、最も大切なことですからね。中学生になってからはどうでしたか?」

細木:「中1で全国選抜に出場できました。初めての全国大会でしたが、ベスト8まで上がれました。そして、県内ではいつも準優勝だったのが、中1の全中県予選で優勝できたのは、自分の中ではとても大きな勝利でした。全中は3年の時(2014年大会)シングルスで2回戦までしか行けませんでしたけど、ダブルスでは優勝できましたので、中学になってからは全国でも結果がつき始めました。」

TT:「同じように自分のテニスを貫くプレーはできていました?」

細木:「はい。全国で負けても、それは悔しいですけど自分のテニスを出来た上での負けなので、夜も眠れないようなことはありませんでしたね。それでも、全日本ジュニアは勝てませんでした・・苦手なコートじゃないんですけど(苦笑)」

(全日本ジュニアはU12でシングルスベスト8、ダブルス3位以外は2−3回戦)

(全国レベルに成長した中学時代)

ジュニアとしてのクライマックス

TT:「話を高校に進めていきましょう・・つい最近の話ですね(笑)何と言っても高校での成績は、インターハイのシングルス優勝が大きな経験でしたでしょう?」

細木:「そうですね、全日本ジュニアは満足のいく成績を残せていないので。特にこのインターハイは地元島根での開催でしたから、とにかく思い出深いですし、よく覚えています!」

TT:「お、覚えていると言いましたね?!じゃ、スコアは?」

細木:「1回戦8-1、2回戦8-4、3回戦も8-4じゃなかったかな。」

TT:「おお、合ってる。じゃ4回戦。」

細木:「8-4だったかな?」

TT:「残念。」

細木:「8-3だ。」

TT:「その通り。」

 (その後も見事にスコアを言い当てました!)

TT:「地元開催ということで、応援の後押しも大きかったでしょうね。」

細木:「はい、1回戦からたくさん応援してもらえて、最高の出来でスタートできました。」

TT:「緊張はしなかった?」

細木:「緊張はしなかったですね。むしろ力が抜けて、いい感じでプレーをしていました。4回戦は夕方6時頃スタートだったので応援する方々はさらに増えていました。試合は8-3でしたけど、内容的にはほとんど毎ゲームがデュースとアドバンテージのシーソーゲームで、1ゲームで10分以上かかることもありました。」

TT:「地元の応援の力を存分に使った感じですね。」

細木:「はい。初日に4回戦までいくとみんな疲労がたまるじゃないですか。私は自宅に帰って母のご飯を食べて、トレーナーの方に自宅でマッサージをしてもらってましたので、地元をフル活用しました(笑)」

TT:「その後も順調に勝ち上がって決勝を迎えました。」

細木:「平日にもかかわらず、応援が200人は超えたと思います。みんな応援してくれる中で、大事なポイントでミスをすると会場からため息が聞こえたり・・」

TT:「観客を怒っちゃダメですよ(汗)」

細木:「ため息は聞こえても、気になりませんでした(笑)」

TT:「太いね〜!優勝の瞬間はどうでした?やはり地元だし、かなり喜びを爆発させたでしょう?」

細木:「それが、試合直後はいつもの試合と同じ感覚だったんです。でも、表彰式で優勝旗や大きな優勝カップをもらった時や、取材を受けたりした時に、初めて優勝した実感が湧きました。」

(地元の声援を背に、インターハイ優勝)

プロへの目覚め

TT:「さて、ここまで国内のジュニア大会を聞いてきましたが、15歳の頃から海外のITFジュニア大会に積極的に出場していたようです。」

細木:「はい、海外遠征で力をつけようということでやっていました。最初の試合は(2015年の)グアムで、1回戦から第2シードとの対戦でした。初めての海外だったので硬くなって1セット目を落としたんです。でも、ここで父からのアドバイスを思い出しました。」

TT:「どんな?」

細木:「『重心を落として打て』です。背の高い外国人選手にはパワーで勝てないけど私の長所である低い弾道は有利なんだって気が付きました。その試合は勝って2回戦進出でしたけど、サーブさえ取れれば、外国人選手との対戦は前向きに戦えるようになりました。」

(15歳から積極的にITFジュニアサーキットに出場)

TT:「外国勢との戦い方に気づいたというだけあって、ITFジュニア大会では2016年のブルネイ(G5)での単複優勝、2017年のチャイナG4は全試合ストレート勝ち、G2も優勝と素晴らしい結果です。一方でグランドスラムは2017年に全豪と全米に出場、2018年の全豪で予選を突破して本戦出場でした。」

細木:「2017年のグランドスラム大会は予選敗退でしたから本戦会場は未経験で、今年のオーストラリアは本当にいい経験でした。試合は第一シードの選手で今まで食らったことのないサーブとストロークに圧倒されて、第1セットは1-6でした。第2セットには慣れてきて4-1のリードを奪ったんですが、そこで相手がプレーを上げて4-6でした。」

TT:「会場の雰囲気も含めて、どうでした?」

細木:「はい、会場も素晴らしいし、日本人の応援もあって、やっぱりプロになってここに戻ってきたいなって思いました!」

(全豪ジュニアは本戦に進出、プロへの思いを強くした)

TT:「プロの話が出ましたので、掘り下げてお聞きします。プロへの意識というのは、いつ頃からご自身の中に生まれていましたか?」

細木:「父からは『咲良のテニスはプロ向きだ』と言われていましたので、自分でもいつの間にかそういう意識があったんだと思います。それでもやっぱりオーストラリアの本戦に出られて、あの会場にプロとして戻りたいと思った時が一番ハッキリとプロになることを意識した時だったと思います。」

TT:「そうは言ってもいざ進路となると、誰もが迷いを持つものですよ。」

(お父さんの言葉は、いつしかプロへのアドバイスとなった)

細木:「はい、私も迷いました。日本とアメリカの大学から進学の提案もいただいていたんです。でも勉強よりもテニスしていた方がいいし(笑)、早くツアーを回りたいというのもあったし。そしてたくさんのスポンサーの方々にサポートしていただけることになったので、大学には進まずに高校卒業と同時にプロ転向を今年(2018年)3月にすることにしました。」

家族に、そして多くのスポンサーに支えられてスタートを切ったプロ生活

TT:「プロになってテニスの道に進んで間もなく、7月にはITF香港でシングルス準優勝の成績を残しました。プロ転向後これまでのところいかがですか?」

(プロ転向直後にITF香港シングルスで準優勝)

細木:「この夏は少し成績を残せたと思います。でもまだ一番下の15,000ドル大会でのことで、上の大会ではワイルドカード以外で本戦には行けていませんから、頑張ります。」

TT:「ご家族から何か特別なサポートは?」

細木:「母がアスリートフードマイスター・栄養士の資格を持っていて、私が自宅にいるときだけではなくて遠征中にもアドバイスをくれます。私は自分から親に今日の出来事や食事などを細かく話さないんですけど、母からはよく連絡が来ます(笑)」

TT:「最後になります。プロとして今後どういう選手になっていきたいと思いますか?」

細木:「みんなから慕われて、応援されるプレイヤーになりたいです。錦織選手のように、目標にされる選手にもなりたいです。そして、今までお世話になっている多くのスポンサーさんに恩返しがしたいですね。」

TT:「恩返し。具体的には?」

細木:「それはやっぱりグランドスラムの本戦の会場で私がプレーしている姿を見ていただくことだと思います!」

テニスを始めた直後はシングルハンドだったというフォアは、すぐに両手打ちに。

低い軌道のフラットボールを両手で打ち抜く。

(コートを離れれば、そこはまだ10代の女の子)

細木咲良選手の最新情報は公式サイトでアップデートされています。

写真提供:

北沢勇さん

細木咲良選手

ご協力ありがとうございました。

聞き手:

Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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