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上杉哲平

「えんじょいてにす」

· Players

取材を申し込むと、「私なんかでいいんですか?」や「ぼく何も話すことないと思いますよ。」という選手は少なくありません。謙遜というのもあるでしょうが、華々しい戦績を収める一握りの上位選手との距離がある選手にとっては、取材対象に自分がなり得るのだろうかと思う気持ちを持つことは、分からなくはありません。

でも、テニスを、しかも競技者という仕事を職業にするに至ったプロたちには、必ず、人に伝えるストーリーがあるものなのです。

今回は、そんな選手の一人を紹介します。

テニスユニバースでプロ選手とコーチを兼任する、上杉哲平選手です。

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上杉哲平選手(哲平):「ほんっとに僕でいいんですか?」

<ほらほらこの第一声からスタート ^^>

Tennis Tribe.JP(TT):「もちろんです。お話しを聞かせていただきますよ!まずはテニスを始めたきっかけから聞かせて下さい。」

哲平:「親が趣味でやってたんです。家の近くでレンタルコート借りて、小さい頃に一緒に行ったのがテニスに触れたきっかけでしたけど、週末にコートで遊んでたくらいでした。」

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(小5からテニススクールに週1で通い始めた頃)

TT:「それじゃ、テニス以外のこともやっていたんでしょうね。」

哲平:「ソフトボールをやってました。」

TT:「野球じゃなくて、ソフトボール??」

哲平:「はい、ソフトボールです。地域のクラブみたいのがあって、そこに入ってました。それ以外にも、水泳とソロバンと、えっとあとはなんやったかな、、公文もやりました。それに1年もやってないですけど、合気道も小2の頃にちょっとだけやりました。」

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TT:「こりゃ、忙しい!」

哲平:「そのあと、小5から週1で近所のテニススクールでジュニアクラスに通うようになりました。でも色々やってて、どれも中途半端だったんで、中学からは何か一つを一生懸命やってみようと思うようになったんです。野球かテニスのどっちか迷ったんですけど、結局テニスが一番好きだったんで、習い事を全部やめて、週5で三国ヶ丘(堺市)のコ・ス・パというテニスクラブに通うようになりました。」

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(中学でテニスに専念。とにかく、何かを頑張ろうと。)

TT:「テニスで目指すものができたとか?」

哲平:「いや、それが特に何かを目指す訳でもなく、とにかく何かを頑張ろうって考えてました。全中(全国中学生テニス選手権大会)のことも、中3で初めて知ったくらいですから(笑)」

TT:「大会にはいつ頃から出るようになりました? 試合で記憶に残っていることは?」

哲平:「試合に出はじめたのは中1からですけど、ん〜・・ほとんど覚えてないです。でも、最初はなんかの予選だったと思いますけど、コテンパンだったように思います。あ、覚えていることは、『こんなテニスやっている人たくさんいるんや〜』ってことに衝撃だったのは思い出しました。」

TT:「呑気な(笑)」

哲平:「でも、なんか喋ってるとだんだん思い出してきました。」

TT:「その調子!」

哲平:「中1の時に、テニススクールで同じクラスの2コ上の子がテニス推薦で高校に行くって話を聞いて、『テニスで学校に行けるんか!』ってびっくりして、家でその話をしたら家族もみんな驚いてました。それくらいテニスを知らなかったし、でも自分もテニス推薦で高校に行けるものなら行ってみたいって思いました。」

TT:「で、肝心の試合はどうでした?(笑)」

哲平:「中2まではずっと予選負けで、中3で初めて大阪大会の本戦に上がれました。やっと上がれてめっちゃ嬉しかったです。中3からスクールの一番上のクラスに上がったので、その成果が出たんやと思います。でも、初めての本戦のドローは2番目、第一シードの真下やったので、ボコボコで終わりましたけど(汗)」

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(『こんなテニスやっている人たくさんいるんや〜』から始まったテニスも、大阪の上位へ)

TT:「中3ではどのあたりまで成績を伸ばせました?」

哲平:「大阪の大会ですけど、シングルスでベスト8で、ダブルスはたしかベスト4が2回に準優勝が1回ありました。」

TT:「成績が付いてきたんですね。で、高校は夢の推薦に?」

哲平:「はい(笑)スクールのコーチが清風高校のOBやったんですけど、『哲平、高校、清風でいいか?』って言われて、『はい』って答えて決まりました(笑)」

TT:「受験生が泣くわ・・」

TT:「さて、清風高校と言えば、全国区でもテニスの強豪校として名を馳せている学校ですよね。」

哲平:「入ったら、すごい大変でした。校庭にあるコートは朝だけテニス部が使えるんですけど、毎朝7時から8時まで練習、一年生は準備するので始発で通ってました。」

TT:「ま、朝早いのは大変のうちには入らんでしょう!」

哲平:「大変なのは夕方の練習で、校庭のコートは他の部活で使えなくなるので、20キロ離れたコートで練習してたんです。コートまでは電車があるんですけど、10キロくらいの所にある駅を挟んで半分の部員が最初の10キロをランニング、残りの部員はランニングしている人の荷物をもって電車。駅に着いたら電車とランニングが入れ替わるんです。帰りはみんなで電車でしたけど、毎日10キロを練習前に走ってましたんで、あの頃が一番走れてました(苦笑)」

TT:「練習前に10キロはキツイね!」

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(ひたすら走ってた高校時代、成績は毎年上昇。)

哲平:「もうちょっといいですか?1年の時に合宿があったんです。これがほんとにキツイ合宿で、朝6時からトレーニング、その後、体を作るということでドンブリ飯3杯食べてから練習コートまで10キロの山道を走る。お昼は朝のドンブリ飯がまだ腹に残ってるのに先輩の食い切れない残りの分も食べる、6時まで練習して7時から夕食でまた大量のご飯。もう食べられないので、近くの川で吐いて、夜9時からトレーニングとランニングでした。」

TT:「フードファイター養成所?」

哲平:「人生で一番キツイ一週間でした。毎晩寝る前にダースチョコを一つずつ食べて、残り日数を数えてました。」

TT:「自分でも食べてるじゃん!(笑)」

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(フードファイターは大人になっても?大好きなハンバーガー)

TT:「フードファイター以外にテニスの様子を聞かせてもらえますか??(笑)」

哲平:「中3で大阪ベスト8に入ったので、高1の春は関西ジュニアから入ることができました。1回戦でボロボロに負けましたけど。高2からは関西でも勝てるようになってきて、初めて全国にも行けました。」

TT:「全日本ジュニアですね。2回戦進出の記録があります。」

哲平:「はい、その試合は4時間近くの試合でした。その頃腰に痛みがあって騙し騙しやっていて、早く決着をつけたいので打ちまくっていたんですけど、返され続けて4時間になりました。最後のゲームで本当に全身が攣りました。全身攣ったって話を聞いてもそんなの意味分からんって思ってましたけど、あれ、ほんっとに全身が攣るんです。試合にも負けてそのまま病院送りになりました。」

TT:「高3は全日本ジュニア単複出場と、毎年成績を上げ続けてきましたね。」

哲平:「はい、それは自覚していて、テニスをするモチベーションでした。それで、大学の進学も、テニスの推薦で近畿大学に進みました。」

TT:「学生時代の成績で記録を見ますと、関西学生のシングルスで準優勝、ダブルスで優勝、ここで優勝の文字が見えてきました。」

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(大学から、関西で優勝に絡む活躍を見せはじめた)

哲平:「そうですね、それでもインカレ本戦には1・3・4年に行きましたけど、最高で3回戦、インカレに行っても1・2泊してすぐ帰ってくるって感じでした。」

TT:「それでも、何か思い出に残っている試合や大会ってあるものじゃないですか?」

哲平:「3年の冬に出た学生室内は思い出深いです。何やかんやいっても、やっぱり関東の選手は強いし、層も厚いんです。この大会は予選で3回とも関東の選手やったんですけど、早稲田・慶応・明治の相手に勝てたので、なおさら嬉しかったです。自分の中では頑張ったかなって。」

TT:「ここで少し話題を変えて、テニスのスタイルの話を聞いていいですか?哲平くんは薄いグリップで綺麗なフォームのオーソドックスなプレーだと思うんですが、これは昔から?」

哲平:「あ、今は少しグリップを厚く持ってるんですよ。中学高校の頃は球が早ければいいと思っていたので、とにかく全部強打でした。スカッと撃ち抜いて勝つか、スカッと自滅して負けるかでした。大学に入ってからは、ラリーもしてメリハリをつけられるようになったんです。」

TT:「それは監督からそういう指導で?」

哲平:「いえ、『ラリーしてみようかな』って思ってやってみただけなんです(笑)でもそしたら勝てるようになってきたんで、ラリーするようになりました。」

TT:「グリップ厚くしたって言ったけど、もともとは薄いですよね?」

哲平:「はい、ワングリップで、全部やってました。今、フォアはほぼフルウェスタンに握って、スピンも多くかけられるようにやってます。」

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(テニス漬けの大学生活。そんな同期の仲間と卒業旅行)

TT:「さて、大学テニスでは関西のトップレベルからインカレ出場という成績でした。その後の進路についてはどう考えたのでしょう。」

哲平:「実は、大学から先のテニスは全く考えていませんでした。就職しようと何社かから内定をもらっていました。そうしたら、JRの元社員の大学の監督にJRを受けないかって誘われたんです。」

TT:「テニス要員として?」

哲平:「いえ、一般社員としてです。それで、いただいた話なので、流れのままにもらっていた他の内定を辞退して1年後にJRに入ろうと進路を変えることにしたんです。でも1年間、何かしなきゃならないですから、近所のテニスクラブのフロントでアルバイトを始めることにしました。コートが空いていればテニスやっていいっていう条件で。でもバイトしているうちにテニスの楽しさに改めて気がついたんです。それで改めて考え直して、JRへの就活はやめて、そのスクールに就職することにしたんです。これがテニスユニバースだったんです。」

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(テニスは練習よりも試合の方が好き。だから、テニスを職業に選んだ。)

TT:「フロントとしての就職ってわけじゃないですよね?」

哲平:「はい、選手としてです。僕は試合が大好きなんです。練習はむしろ嫌いな方なので、好きなテニスができて、しかも試合に出られるというのは、僕にとって理想でした。それで一年遅れになりましたけど、テニスユニバースに就職をして、かつプロ選手として登録をすることにしたんです。」

TT:「選手活動の方はこの後聞きますが、ユニバースの社員としての生活はどうですか?」

哲平:「会員さんとのヒッティングは楽しいですし、初めて堺を離れて生活してる昭和の森の雰囲気にも、3年目の今になってようやく慣れてきたかなって。」

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(会員とのヒッティングがメイン。スクールのレッスンにも時々入っている)

TT:「では、選手としての話を聞きましょう。2016年、2017年とJOPを中心に回って、2017年に神戸オープンと大阪毎トーではダブルス優勝、シングルスは大阪毎トーでベスト4。着実に成績を残していますね。」

哲平:「一般の大会では初めての優勝になりました。」

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(大阪毎日トーナメント ダブルス優勝、一般大会でも成績を残し始めた)

TT:「ITFにも特に2018年から出場回数を増やしていますね。2018年は半分の大会で予選決勝、1度は予選突破。これまでと同じように少しずつ、前の年よりも成績を伸ばしているようです。」

哲平:「今年はスケジューリングをかなりミスってしまいました。出られる大会数をもっと多くしたかったんですけど、少なくなってしまって、かなりランクが落ちちゃいました。でもテニスはいい感じにやれているんです。」

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(海外ITF大会へチャレンジ。心なしか、試合の方がウキウキした顔に見えるのは、筆者だけ?)

TT:「テニスで課題にしていることとかありますか?」

哲平:「グリップチェンジです(笑)」

TT:「初心者か?」

哲平:「イースタンからほぼフルウェスタンに変えたってさっき話ましたけど、今までワングリップだったのでグリップチェンジが本当に大変で、絶賛練習中です!(笑)」

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(2018年12月テニストライブ のイベントにて)

TT:「最後になりますが、今後のテニス選手としての目標などをきかせてください。」

哲平:「そうですね、まず、弟(上杉海斗選手)とダブルスを組ませていただきたいです(笑)」

<海斗選手はITFサーキットのダブルスで優勝3回>

TT:「あらら(汗)」

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(戦績で先行する弟の海斗くん。ぜひ哲平くんと組んであげてくださいね(笑))

哲平:「今はダブルスの方がシングルスよりも好きなので、弟と組んで全日本で優勝したいと思ってます。」

TT:「ITFの方もね。」

哲平:「はい、ITFはまず本戦に上がれるように頑張ります!」

テニストライブ 主催イベントで一緒した関係もあるでしょうが、インタビュー時間は盛り上がること2時間以上! 彼にもやっぱり、プロとしてのストーリはありました。

最後に、恒例のサインと一言。

「あ〜どうしようかな〜」と悩むこと10分。

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悩んだ挙句に出てきたのがこの一言。

テニスをする皆んなにとって一番いい言葉は、これなのかもしれませんね。

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上杉哲平選手の最新情報はフェイスブックページまで。

コメントもお寄せ下さい。

写真提供:

山下潤さん

上杉哲平選手

ご協力ありがとうございます。

聞き手:Tennis Tribe.JP 新免泰幸