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中舘夏美

 

いつかは笑える

Tribe Story #75

· Players

グランドスラムを頂点とするテニスピラミッドを上り詰めようと鍛錬を積み重ね、ギリギリの生活で世界を回るプロテニスプレイヤーを多く見てきました。一方で国内のJOP大会を中心に、自分の生活とペースを守りながら競技活動を続けるプロテニスプレイヤーも多くいます。前者は頂点に近づくにつれてメディアも取り上げ広く一般の耳目を集めることになりますが、後者は限られた数のしかし熱心なテニスファンに支えられています。

今回お話を伺ったのは、国内を自分の戦場として挑戦を続ける若手、中舘夏美選手に語っていただきました。

Tennis Tribe(TT):テニスを始めたのは5才とのこと。初めてテニスに触れた時のことを教えていただけるでしょうか?

中舘夏美(中舘):母に引き込まれて体験に行ったのが最初だったと思います(笑)

TT:どうだったかおぼえてますか?楽しい!って思ったか、実はいやいやでやってたとか??

中舘:コーチがイケメンだったってことだけ覚えてます!(笑)

TT:おっといきなり来ましたね! じゃ、育成とかじゃなかったでしょうね?

中舘:はい(顔には「も・ち・ろ・ん」の四文字 )。

週1くらいでスポンジボールから初めて、小4でイエローボールですから、楽しくやっていました。

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TT:他に何かスポーツは?

中舘:ほかには「キャッチバレー」とか・・

TT:なんですかソレ?

中舘:東京限定の競技です(笑)あとは幼稚園から水泳。でも小2で溺れてそれからは水が苦手です。あとは家族で北海道のスキーとか、乗馬とか。

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TT:スキーをやるテニス選手は多くないので、嬉しいですね!(筆者は北海道出身)

さて、小学生はテニスもスキーも、キャッチバレーも楽しくやっていたわけですが、おおよそその後プロのテニス選手になるような雰囲気を感じません。転機はどのあたりに?

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中舘:私もその頃にテニスのプロになるなんて思わないどころか、そんな世界を想像もしていませんでした。中学に上がった時にバレーをやるかテニスをやるか迷ったんですけど、テニスの方が楽しいと思ったのでテニスを選びました。

TT:テニスを選んだのは、またイケメンコーチが動機なんじゃ・・

中舘:中1の最初の試合で0-6で完敗したのがとっても悔しくて、育成コースのあるクラブに移ったんです。

TT:いきなり真剣な回答!

中舘:でもコーチが怖くて、これが育成か・・・と。

TT:こらっ(笑)

中舘:そうは言っても楽しいこともありました。育成コースで一緒の出水美咲さんとは一緒に練習して試合にもでて、楽しくやってました。

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TT:悔しさから育成に入って、どのあたりまで勝ち上がれるようになっていったのでしょう。

中舘:中学では関東まででした。高校ではインターハイで32本。インターハイが決まった時に、ダブルスのパートナーが、「おめでとう」って泣いてくれたのが今でも印象に残っています。

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TT:では高校の話を聞かせてもらいます。プロでは珍しい、(もしかすると唯一?未調査です)都立高校出身ですね。

中舘:高校は、一校スカウトをいただいたところがあって、体験で練習に参加したんですけど、厳しくて。

TT:その答え、想像できました。楽しむテニスをやってるわけですからね。

中舘:そうなんです。自分のペースで出来て、学業もちゃんとやれるのがいいと思ってましたから、それで都立高校に進むことにしました。

TT:都立高校だとあくまで学業優先で、テニスに時間を使おうとしても思うように任せないんじゃないですかね。どうでした?

中舘:反省文、いっぱい書かされました(笑) 高1のときに都立高校の大会と学校行事が重なって、顧問から「優勝できないなら行くな、学校行事を優先しろ」と言われていたのを無視して大会に参加しました。そしたら反省文です。でも、その次の年・・

TT:それでもまた大会に行っちゃうわけね。

中舘:あはは、そうなんですけど、その大会で優勝して、リベンジしたんです。

TT:お見事!でも誰にリベンジしてるんだか(笑)では高校テニスでのハイライト、インターハイでの思い出を教えてください。

中舘:場違いなリュックで大会に行っちゃったことかなぁ〜。

TT:どういうことですか?!

中舘:ほら、みんな大っきなラケバを背負ってるじゃないですか。私そんなの持ってなくて、いつもこんなリュック(と、持ってきていたのを示して)でテニスに行ってたんです。さすがにカッコ悪いので現地でラケバを買ってもらって試合に行きました(笑)

TT:試合のことも聞かせてもらえますか?

中舘:実は高3までインターハイのことはよく知らなくて、全くのノンプレ(ッシャー)でした。スクールの人がすごいすごいというので、調べたくらいです。

TT:みんなインターハイに出ようと必死に頑張っているのに、楽しく自分のペースでやって全国にいっちゃうなんて、拍子抜けしちゃいますね。

中舘:3回戦まで進んだのも、相手が勝つって周りも思っていた中でノンプレだったからか、思ったより勝ち進んでました。そこから先は歯が立ちませんでしたけど。都立高校からインターハイ出場とベスト32は、30~40年ぶりらしいです。なので、他校の都立の先生まで現地に応援に来ていただきました。これでまたリベンジ出来ました(笑)

TT:だから、誰に〜(笑)

TT:大学は東京国際大学に進学してテニスを続けたわけですが、都立高出身のインターハイ32ですから、スカウトなどはありましたか?

中舘:そうですね。テニスで名門の大学にはお誘いいただけたので体験してみたんですけど、練習が厳しくて・・

TT:3年前と同じ事を聞きましたね(笑)

中舘:他には、スクールのコーチが某有名大学のテニス部の主将とパイプがあったので、そこから推薦を貰おうということになったんですね。でも3000字のレポートをださなきゃいけなかったんですけど、私には書けなくて。。

TT:おいおい・・

中舘:学校の担任の先生に書いてもらって、テニス部の方に添削してもらったんです。

TT:こらっ。

中舘:そしたら落ちて・・

TT:そうだったんだ〜(ざまぁみろ 笑笑)

入学した東京国際大学は、当時テニスではあまり名前を聞かなかったんじゃないでしょうか。

中舘:そうですね、でもスポーツに力を入れていて、私が大学4年の頃からは江原(弘泰プロ)さんが練習を見てくださるようになっていました。江原さんにはたくさん怒られてましたけど(笑)、厳しくも楽しくやってました。

でも入学してすぐの時は、3−4年が中心の「Aチーム」に入ったことで体育会の上下関係の厳しさに悩まされました。大学からはノア(インドアステージ)で練習させてもらうこともあったので、部活を辞めて外で回ろうとも考えました。結局コーチが間に入ってくれて、部活を続けることになったんです。何度も辞めたいと思いましたが、今では続けてよかったなと思うので、コーチにはとても感謝しています。

TT:大学での練習環境が落ち着いてからはどうでした?

中舘:特に3年生からは男子を相手に練習量もだいぶ増えて、テニスのレベルは上がりましたね。

TT:よいよい!

中舘:ところが(関東大学テニス)リーグ戦の前に左の手首に痛みが出てきて、握力が15キロくらいまで落ちちゃって。

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手術前最後の試合では優勝を飾る(写真:畠山徹)

中舘:かなりの練習量で傷めてしまって、腱を手術してボルトを入れることになってしまいました。今でも覚えてますけど、リーグと全日本が終わった後の11月26日。その後1年間ボルトを入れてたんですよ、ほら。

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ほら、と傷痕を笑顔で。(肝心の傷跡がピンボケでごめんなさい!)

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TT:楽しいテニスを・・と言いながら、ボルトを入れてまでテニスして、インカレも本戦出場なんて、全然熱々のテニスじゃないですか。

中舘:えへへっ

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東京国際大学初のインカレ本戦選手

TT:そうこう言っている間に卒業を迎えて、実業団に入りました。その時の選択について教えてください。

中舘:大学でテニスをやりきった感がなかったんですよね。就職してOLだけじゃつまらないし、仕事しながらテニスができる実業団を考えました。プロ契約としてのお誘いもなかったわけじゃないのですが、プロとしてやっていこうとはその頃は思っていなかったので、実業団の会社にお世話になることにしました。

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卒業時に受賞した理事長特別賞

TT:その会社では全国実業団対抗に出場、2021年はシングルス1で出場して、3戦3勝でチーム3位の結果に大いに貢献です。会社員とプレイヤーを両立させる生活はいかがでしたか?

中舘:先輩や上司はテニス部員とは知っていても、本当にテニスをしているとは見られてなかったみたいでした(笑)試合に上司が観戦に来てくれて、テニス選手だったってわかったみたい。

TT:色白ですしね!

中舘:自称「美白系」なのでっ(笑)

TT:実業団に入って戦績を残しているとはいえ、ご自身のテニス自体はどうでした?

中舘:平日の練習は仕事のあと夜7時から9時までで、あとは週末でした。自分のペースを守りながらテニスをしてきたので、この練習時間には正直身体がついていかなかったです。

TT:午後から練習とかじゃなかったんですね。仕事して疲れ切った、あ・・仕事中にお菓子も食べてるって言ってたけど・・それはさておき、フルタイムでの仕事の後の練習は気持ちも身体も切り替えは難しいかもしれませんね。

中舘:疲労が溜まって、試合中や会議中に何度か倒れて救急搬送されることもあって、あとは色々あって精神的にも参ってきてしまって、仕事自体を休むようにもなってしまいました。

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TT:身体は正直だ。それで短い期間でしたが退職したわけですね。

中舘:そうですね。それとプロでやっていこうと考えたことも退職の理由です。

TT:プロというのは、これまでの話からは一番選ばなさそうな選択なのですが・・

中舘:園田彩乃(プロ)と歩いてたらたまたま可愛いお店があって、そしたら起業家さんや社長さんが貸切パーティーをやってて、そこに合流する形になったんです。「何してるのー??」からはじまって、色々な話をしているうちに「若い今しかできないことをやった方がいいよ!」って言われて、帰った後もずっと考えてたんです。実業団で仕事とテニスの両立が難しいなら、好きなテニスを自分の力でやっていくプロの道もいいんじゃないかって考えるようになって、このままじゃ身体も精神も保たないので思い切って退職してプロとしてやっていこうと決めました。

TT:でも、プロはプロできつい世界ですよね。

中舘:そうですね、でも自分で決めた道だし、きつくても楽しいです。

TT:何回か試合や練習を拝見しました。ハードヒットで打ち負かすというより、ドロップを打ったりで面白いプレーをするな、と思ってみていました。

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(写真:©REDORCA1)

中舘:そうですね、前に落として今度は後ろにとか、風のある日なんかはそれを使ったりして、相手を崩すプレーだと思います。

TT:他にもみてほしいところは?

中舘:美白系で「憧れる選手」に挙がりたいです。

TT:あははははぁ・・(そんなの知らんわ^^)

中舘:オフの日はプロテインや筋トレじゃなくて綺麗なところに行ったり、カフェに行ったり...

「テニスやってないようなテニス選手」ってよく言われてしまいます(・・;)

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TT:放っておくと話がどこまで行くか分からないのでここらで軌道修正して・・戦績的な目標はどうですか?

中舘:全日本優勝が目標です。これはさっき話した社長さんの集まりでも言われて心に留めた言葉なんですが、「自分を洗脳すれば叶う」って。なので、無理そうな目標でも、そう言っていればいつかは叶うっていうことで!

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TT:できると信じて言葉に出すことで実現していく。

中舘:あと、CMに出るのも目標です。有名になりたい!だって美白系の選手って・・・

TT:えっと、この辺で・・・

一言をいただきました。

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中舘:今はつらくても、泣いてても、決めた道なので頑張っていきます。いつかは結果に結びついて笑える時が来るって信じて。

TT:最後はまとまりましたね!

中舘:てへっ(笑)

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写真提供:

中舘夏美選手

REDORCA1さん

畠山徹さん

聞き手:Tennis Tribe.JP 新免泰幸

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