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綿貫裕介

「夢見る力!」

· Players

今回は、プロ転向9年目、27歳の誕生日を迎えたばかりの綿貫裕介選手を取り上げます。

笑いあり、パッションあり、ちょっとうるっとくるものもありの、インタビューでした。

Tennis Tribe.JP(以下、TT):「今日は宜しくお願いします。兄弟3人揃ってプロのテニス選手、お父さんもテニスアカデミーを主宰するという、生粋のテニス一家に育ったご長男ということで、さぞ早くから英才教育を受けていたのだろうと思っていましたが、そうではないようですね。」

綿貫裕介選手(以下、綿貫):「宜しくお願いします。それ、よく言われるんですよね。テニスを始めたのは小3の終わり頃なので、9歳でした。」

TT:「意外に遅いのには驚きました。テニスはご自身から進んで始めたわけですか?」

綿貫:「いや、父にやってみろとラケットを渡されたのが最初でした。大して興味も湧かず、しばらく嫌々でやっていました。」

TT:「そんな始まりでしたか。」

綿貫:「でも、そのうち面白みも分かってきました。5年生の時に父がグローバルプロテニスアカデミーを設立して、僕もその一期生になりましたが、年上の選手とラリーして打ち合えた時に、何か達成感のようなものを持ったんですよね。そこから本格的にのめり込んで行ったと思います。」

TT:「ジュニア時代の主な戦績を教えてくださいますか。」

綿貫:「高3の全日本ジュニア準優勝、全日本ジュニア選抜室内準優勝、ジャパンオープンジュニア準優勝・・・人呼んで、『シルバーコレクター』です(笑)」

TT:「すごい戦績ですよ。海外大会にもかなり出て行っていたんでしょうね」

綿貫:「それが、当時は父や周りにそういう情報やノウハウが少なくて、それに僕自身も日本国内で優勝もしていない『シルバーコレクター』なのに海外に出るなんて、って思いが強かったんです。海外には、日本一になってから行くものだって思っていましたので、自分から海外の大会に出ることはなかったんです。」

TT:「戦績がありながら、ジュニアのナショナルチームではなかったようですね」

綿貫:「ナショナルにも、修造チャレンジにも声をかけられることはありませんでした。僕は当時ディフェンシブなベースラインプレーだったのですが、それでは世界に通用しないと見なされてることに気がついたんです。僕にはこのままでは未来はないって。かなり、ショックでした。」

TT:「厳しい状況に直面したわけですね」

綿貫:「その後は反骨精神でした。ベースラインから中に入ってもっとアグレッシブにプレーしようと思いました。結果的にプレースタイルを変えるいい機会になりました。でも、本当に悔しかったんです。」

TT:「プロへの道筋はどういうものでしたか?」

綿貫:「ジュニア時代に日本一じゃないので世界は別の世界ってお話しましたけど、同じようにプロは日本で一番になって初めてなれるごく限られた一握りの人のものだって思っていたんです。そんな風だったので小さい頃からプロを目指して、って感じじゃなかったんです。高校になってからのプロへの意識もやっぱり同じで、高校の大会で優勝したら決意しようって考えてました。でも、一番を取れなかったんです。」

TT:「最終的に、2008年夏にプロ転向を決断しましたね」

綿貫:「一番を取れなかったので諦めようと思ってもいたんですけど、親と話しをして、高校卒業後から夏までの半年間、プロに進むかどうかを最終的に判断する期間にしました。毎週毎週試合に出て、資金がどれくらいかかるのか、自分の技術はどこまで通用するのか、そもそも続ける体力があるのかも含めて、試しました。無理だと分かればやめて、別の世界に進もうと。そうしてやっているうちに、結果がついてきたんです。JOP(国内ランキング)でランクのない予選からスタートして、半年後には17位まで上がってました。伊藤竜馬選手からも勝利したこともあって。」

TT:「竜馬選手は2つ上で当時デビスカップに召集されるレベルでしたね」

綿貫:「ここまでできるなら、プロでやっていけると確信して、夏に転向を決めました。」

TT:「2人の弟もプロとして活躍していますが、これまでのお話を伺うと、お父さんと裕介さんが試行錯誤しながら2人への道を切り拓いてきたという感じがします。」

綿貫:「そうですね、父のアカデミーは『グローバル』って名乗っていますけど、最初は名前だけで、世界への出方もわかっていなかったですし(笑)僕がプロになった頃には次男の敬介はインターハイに出て、三男の陽介もテニスを本格的に始めていましたので、二人の道しるべになるように心がけるようになってました。遠征先のホテルなんかも、ここはいい、ここは悪いとか後々の情報になるようにまとめたりしました。僕より敬介、敬介より陽介の頃の方がアカデミーとして育成やマネジメントをどうするべきか、随分進歩したと思いますよ!」